最新の記事
カテゴリ
全体 焚き火小屋のこと しまね自然の学校 瀟洒なる森の中で Linux design 島根日日新聞 田舎に暮らす 百姓をする女たち 日々雑感&たわごと 野外体験産業研究会 心象をスケッチする 伝える 焚き火小屋に火を熾して nob-san Brötchen ロケットストーブ ノブヒェン窯 ノブフェン募金プロジェクト OLD LENS フォロー中のブログ
登攀工作員日記 フランス存在日記 山瀬山小屋2号奮闘記!と... 楽・遊・学・ビバ人生!! おとうさん! ごはんなに? 染めと織りのある生活を楽... 山の子 田園に豊かに暮らす わざわざのパン+ かるぺ・でぃえむ 向こうの谷に暮らしながら 光と影をおいかけて TSUNAMI募金2 赤... すなおに生きる 木陰のアムゼル2号庵 フランス Bons vi... FC2ブログなど
以前の記事
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
老夫妻が暮らすにも、また、格式を感じさせる元網元の屋敷に似合わない。さながら今風の安普請の建売住宅の一室でもあるかのような妙に明るい部屋に通された。そしてそこに、あいつの遺影の飾られた仏壇があった。
「健吾さんが帰ってくるから、若い者が暮らしやすいようにとあの前の年に大工を入れまして…。ですが、あんなことになって…。いまじゃこの人が、毎日まいにち、この仏壇の前に座って泣き暮らすだけの部屋になっちまいまして…。」 老婦人がそう言った!。 新宿の飲み屋で議論したとき、あいつは、たしかに「島根に帰ろうと思う」と言った。聞けば、あいつには五歳ほど年上の兄がいた。そしてその兄は、大学を出て大きな企業に就職して、そのまま都市に暮らすという。そのことで、父や母がどういう想いを抱いたのか…。あのとき、あいつはそれを口にしていた。だけに、あいつは本気でここに帰ってくるつもりでいたのだろう。そして、それを聞かされたこの老夫婦は、あいつが帰りやすい部屋を作ることで、あいつの想いに答えようとしたのだろう。 この洋間とも和室ともつかない奇妙に明るい部屋を用意して…。 白く真新しい位牌の後ろに、あいつが笑っていた。六年前の春、小川山涸沢岩峰群のピナクルの上で、あいつは気持ちよさそうに笑っていた。エバーグリーンの唐松の森を背景に、オンサイトした幸いに、あいつは、本当に気持ちよさそうに笑っていた。 そして、つまり、それは俺が撮った写真だった。 思いもしなかった!。 あの春の日の仲間たちとの幸福の極みに、こういうシーンが用意されていたなどと…。 「健吾の遺品を整理したのですが、写真は、私らが知らない山のものばっかりで…!。 本人が正面を向いたものはこれしかありませんで…。まあ、良い顔をしておりましたので、葬儀にもこれを使いました。」 「しかし、これは、どこなんでしょう!?」 一言も喋らずにいた老人がそう言った。まるで、俺の想いを見透かしたかのように…。 「小川山です! 長野の南佐久の…」 「六年前です! 健吾くんは、まだ理科大の二年でしたでしょうか」 「大学の山岳部にあきたりなくなって、うちのクラブに顔をみせはじめたころです」 「この写真を撮ったのは、自分です」 老人の瞳に光るものが生まれ、流れておちた!。 浜から吹き上げてくる風が強い! 白い砂。5月の明るい光を反射してエメラルドグリーンの海がキラキラと光る。家々が急斜面にへばりつくように、折り重なるように連なる集落のなかの細い石畳の道を登って…。止むことがあるのかと思えるほどの強い風の中に、小さな古びた墓地があった。 「隠岐に行きなさったことはありますか」 「いえ!」 「そうですか! あれがそうです。なんでだか天気の良い日には見えないのに、今日のように風の強い日には、こんなところからもよく見えます」 老婦人の指差すはるかな彼方に、どうやらそれらしき島影と思しきものが見えた。相模の海なら、「うさぎが走る」という、風に煽られた三角波が白くあわだち、さながら碧い海を走るうさぎのように見える風景のはるか彼方に…。 ここに安息はあるのだろうか!。老夫妻は、毎日一度、必ず上がって来るというこの断崖の小さな墓地に、風の中の墓標は、まるで吹きすさぶ風に溶けたよう…。あいつは、ここに、毎日まいにち風の音を聴くのか。それともそれはこの老夫婦の嘆きなのか…!。 自業自得。それとも、自らが選んだ先に予想もしなかった不幸…!。 俺たちは、それで済むのかもしれない。しかし、この老夫妻の悲しみと嘆きとは、何によってもたらされたのだろう。小さな遭難…!。時代といううねりの中に、確かにそれは些細なことであるのだろう。 しかし、俺たちは、この「受け止めること」しか出来ない人々のことに思いめぐらすことが、一度でもあったのだろうか。 誰かを殺したわけじゃない。ものを盗んだ理由でもない。ただただ毎日が、光にあふれた幸いのなかにあってほしいと願っただけだ。あいつも俺も…。だが、あいつは…。自分が帰らなければ、これほどの悲しみと嘆きが生まれることを考えることがあったのだろうか。 そこに山があるからだ!。 そうだ!そこに山があったのだ。誰に咎められることもなくこれに手を出して…。この心地良い美酒に酔いしれて…。気づいてみれば、あいつは死んでいたのだ!。 残された者の悲しみも、嘆きも、その不幸をも思わずに…。なぜ、俺たちは山に登るのか!。 その答えも出せぬままに、風の中の墓標が、悲しみの中にただただ揺らぐ。 「また、来てくださいね~!!」 動き出したバスに手を振り叫ぶ老婦人の声が、いつまでもいつまでも心に残る。
by nature21-plus
| 2010-02-17 20:44
| 心象をスケッチする
|
ファン申請 |
||