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もう何年も朝が嫌いだった!。だからと言って、けして、起きるのが辛いわけではない。ただ、目覚めた後の心の中に、必ず沸き起こる避けようのない自らの内なる憤怒の思いになす術もない自分が嫌なのだ。
いや、必ずしもこれは、目覚めのときだけに限らない。ベットに入るときもそうだし、気晴らしに山道を一人歩くときや、通勤時の電車の中などでさえもそうなのだ。つまりなにもせず、一人静かに過ごすようなとき、この内なる鬼が必ずやあたまをもたげてくる。 これは、くだらない「意地」だと理解はしている。しかも、愚かにもこれは、二年も前のありがちなトラブルに起因する。そろそろ「くだらないことだ!忘れてしまおう…。」とは思うのだ。だが、これになす術もない。 夢うつつの腫れぼったい意識の中にチェンバロの音が聞こえた気がした。なんでこんなゴミ溜めにという思いと、疼きを伴う目覚めが同時にあった。 バッハだった!。しかも、俺が、最近よく聴いているカール・リヒターのチェンバロ協奏曲だ!。 別段、詳しいことなど知らないし、弦楽合奏の音色がどうのと気取るつもりもない。だが、モダン楽器を主に使うリヒターのこの演奏が、このところのボロクソな俺の気分にあっているような気がして気に入っている。 「おはよう!。」 「あ、ああ! おはよう…。」 「えへ! なんか恥ずかしい…。でも、ゆうべはありがとう。 トモ、とってもうれしかった! あんたに会えてほんとに良かった…。」 「でも、あんたすごいね! これ、クラシックでしょう。トモ、馬鹿だからこういうのわかんない…。でも、この曲、なんか寂しいけどすごくいい…。」 「いつも、こんなの聴いてんの…!。」 「いや、最近! なんとなく…。」 きちんとした職について働いてきて、まともな時間帯に暮らすことがあたり前だったこの娘は、俺と違って、早い時間に目覚めたらしい。しかし、未だ、俺は寝ているし、手持ち無沙汰もあって、ザックの天蓋の上に置いてあったウォークマンを弄っていた。 「ところでさ…! トモちゃん、これからどうすんの…。」 いまだ寝袋の中に煙草を咥えつつ…。要らぬことを聞いたと思わないでもなかった。案の定、彼女の表情はくもって、しょんぼりと下を向いてしまった。だが、いずれにしろ出さなければならない話題ではあるし…。 「お金ないから名古屋にも帰れないし…」 「えっ! 名古屋に帰りたいの…。」 「ううん! 帰ったら、あいつに何されるかわかんないし、怖いから嫌だけど…。」 「トモ、ほかに住むとこないんだもん…。」 「ねえ! トモ…。アルバイトして一生懸命働くからさ…。お金溜まるまで、ここに置いてくれないかな!。」 「トモ、あんたと一緒にいたい!! 。だめ…! それとも、誰か彼女とかいるの…!。」 自分がこの娘の立場だったらどうするのだろうと考えた!。 いや、厳密には、二年前、いまのこの娘と同じように自分の居るべき場所を失ったときに自分に出来たことを…。 つまり、一昼夜を歩いて、郷里の母のところに、溢れる涙を止めることも出来ずに歩きつづけるしかできなかったことを思った。 それに比べ、この娘の強さはどうだ!。 俺に「彼女はいるか!」と聞くことまでして、自分に出来るギリギリのベストを考え、相手にちゃんと伝わる言葉にする。 この娘は、一人でも充分生きていけると思った。ただ、いまは、ほんの少しの援助が必要なのだろうが…。 「まあ、原則的に、ここはだめ…!。」 「ええー! そんなこと言わないで…。お願いだよ~!!。」 「まあ、聞けよ! じつは、ここは俺が借りている部屋じゃないんだよ!。」 「仕事でね! 三ヶ月ぐらい、この近くの会社の手伝いをするの…。で、通うのが面倒だからその会社の寮がわりの部屋を借りているだけなの…。だから、ともかく、ここは無理!」 「ただね! じつは、ここから少し北にいくと大宮というところがあるんだけど、わかる…。」 「そこにね! 俺が友達と借りているアパートがあって、ここならトモちゃん居れると思う。」 「あんたは!。」 「えっ!?」 「だって、そのアパートは友達と借りてんでしょ。で、お仕事のときはここにいるんでしょ。だったら、トモ、あんたが居ないときは、その友達の人と二人きりじゃん!!。 トモ、怖いよ。 あんたと一緒じゃなきゃ嫌だ!。」 「昨日だって、あんたが来てくれる前に、変なおじさんが声をかけてきて…。 トモ、ほんとうに怖かったんだから…!。」 「じゃあ、俺も怖かったんだ!。」 「ううん! あんた、かっこいいし…。バス停のところ立ってるあんた見てて、さっきのジジイがあんただったらな~!って思って…。そしたらバスが来て…。あんた、どこかに行っちゃうと思ったから、トモ、行かないでくれ~!って、必死に祈ったんだもん!。」 「だから、バスが行った後に、あんたが居て、わたしの方を見ててくれたから…。すごく、すごく嬉しかったんだもん!。」 トモは、ここまでを涙をうかべながら一気呵成に並べ立て、そのままに泣き出してしまった。しかし、このなんとも単純にして純粋に、そしてわかりやすい言葉が並ぶのだろうとちょっと感激もさせられた。 「まあ、トモちゃんの言いたいことは、良くわかったよ!。」 「で、すこし解りやすく説明するから聞いてくれ!。」 「まず、もう一度。ここのことだけど、ここはさっき言ったように俺の部屋じゃない。で、それだけじゃなくて、この辺は、チンピラやヤクザがうろうろしてて、ちょっと危ないとこなんだ。だから俺だって、つまらねえ因縁を付けられないようにそれなりに気をつけている。だから、とてもじゃないけど、ここは君みたいに若い女の子が暮らす環境じゃないと思う。」 「だから、ここは絶対駄目だ!。」 「で、大宮のアパートだけど。確かにさっきの説明じゃ分かんないかもしんないね!。じつは、アパートと言ったけど、建物は一戸建てなわけ。で、当然、部屋がいくつもあるんだけど。その大半を俺たちで借りきってて、ここにいつもいろんな連中が遊びにくる。」 「だから、トモちゃんがそこに住むなら、俺たちが自転車の修理用に使っている4畳半を開けてやる。つまり、狭いけど一応個室だということ。」 「あと、俺の友達だけど…!。高瀬っていうんだけどね。こいつは、俺の親友というよりも「相棒」かな!。上手く言えないけど、俺は、もしかすると、自分のことよりもこいつを信頼している。」 「いまのトモちゃんみたいに、自分のことだけど、自分で答えが出せないようなときに、俺は必ずこいつに相談する。で、こいつの意見を一番大事にする。まあ、それぐらい信頼してる友達だと言うこと。」 「でも、トモちゃんの不安も解らなくない。けど、一度会えば絶対わかると思う。」 「で、高瀬も、たぶん、俺の言うことを理解する。」 「だから、これからそこに行こうと思うけど、どうだろう…。」 「えっ!いまから…。」 「ああ!。」 「ご飯は食べないの!。」 「はあぁ! ご飯は、どっか途中で食べりゃいいじゃん…。」 「だって、作ったよ!。」 「ええっ!? どうやって…。」 「だって、台所にちっちゃいお鍋が二つあったし、お米もあったよ!。だから、さっき、昨日のスーパーでお豆腐とおネギと卵と買ってきて…。お金は、昨日のお買い物のときに預かったお釣りがまだあったから…。」 まったく、驚かされた。夜食でも食べることもあるかと持ってきていた登山用のクッカーを使って飯が炊かれ、豆腐と長ネギの味噌汁、これに卵焼きまでついて、りっぱに朝食の支度が出来ていた。しかも、食器は、昨夜のカップラーメンの器が丁寧に洗われて…。で、これをいただけば、なんとご飯の中に昨日の食べ残しの沢庵が、微塵にカットされてまぶしてある。一体、この娘は、どういう育ちをしてきたのだろう。 「料理、得意なんだね!。」 「ううん!全然下手。だけど、うち、かーちゃん働いてたし、兄弟たくさんいたし、子どものころからわたしがご飯炊いてた!。でも貧乏だったから、ご馳走は作れない。だけど、クズ野菜なんかの賄いなら、いつもしてたから何とかなる。それだけ…!。」 じつは、それこそが凄いことなのだろう。だが、貧しさに、満足に学校に行くことも許されずに育ち、結果、それが本人の意志に基づくものではなかったにも関わらず社会の側から「不良」のラベルを張られ、それに甘んじてきたこの娘には、その凄さなど解りようのないことであるらしい。(しかし、じつはこの娘の凄さはこの程度ではなかったのだが…。)ともあれ、若い時代ならではの慎ましさと、山岳のキャンプサイトでのそれが入り交じった、どうにも不思議な心地良さを伴った食事だった。 「難破船」 じつを言えば、俺たちが借り切っていた大宮のアパートは、自転車旅行をする奴、リヤカーを引いて日本一周をするような連中のあいだでは、当時、既にそれなりに知られていた。まあ、俺も高瀬も、いわゆるサイクリストなどというレベルの上品さは持ち合わせいないがともに自転車で日本一周にちかい体験を持っていたし、「旅行する」は、つまり自転車旅行だったのだ。 で、それぞれが、その旅先で出会ったチャリ旅の連中に「近くに来たら是非寄って…!。」とアドレスを渡して…。そうした連中が似たような状況に「大宮のどこそこに『難破船』というタダで泊まれるところがあるぜ!」などと広めてしまったらしいのだ。 まあ、若かったからというのも変だが、そうい人間関係の面白さを、俺たちのような世代が楽しむことが出来た時代でもあったのかもしれない。ともあれ、そうした一宿一飯の居候が、多いときには毎日5・6人は居たろうか。で、そうした中には、じつにそのまま二年ちかくも居ついて、来たときにはボロボロのチャリだったはずが、帰るときにはYAMAHAあたりの400CCクラスのバイクになっていた奴までいたのだから面白い。 さらにそこで、相棒の本業は紳士服の仕立て屋だった。しかし、実際には、いわゆるデザインの勉強などもして婦人服やカバンなどの縫製もしていたようだ。そして、俺はここで、音響用のエンクロージャーやアンプなどを作って遊んでいたのだ。 ときに、さながら「梁山泊」のようであり。無銭旅行者の基地であり。どこかボーダーラインギリギリに青春を謳歌する若い連中の溜まり場であったのだ。 だけに、ここには、トモに限らず数人の女性も居候をしていたりする。 つまり、ここに、トモが半年や一年ほど居候することにまるで問題などないのだ。また、こういう旅をする連中ならではなのか、じつに彼らの倫理観も美しくここち良いものがあった。 その最盛期は5年ほどになるだろうか。しかし、その間に、金銭的なトラブルや誰かが何かを盗まれるようなことは一度も無かったし、いわゆる性的なトラブルなども全くなかったのだ。これは、たぶん、俺も高瀬もここで一切飲酒をしなかったことなどにも因るのかも知れない。つまり、居候に常に新しいメンツが居ること。ここに、いわゆる人間関係の「慣れ」が生まれにくく、さらに飲酒がないことで誰かの酔った挙句のトラブルなど、その関係性の倫理感を崩すようなことが起こりにくいようなのだ。 ともあれ、トモのための四畳半が用意された。そして、ここに彼女が暮らす条件など、本来的には別に無い。しかし、それでは却って彼女自身が居にくいだろうと高瀬が提案したことは「一部屋一回百円の掃除」だった。いや、だからと言って常に建物の全てと言うことではない。長期居候はそれなりのことをしたし、俺たちも自分のスペースはむしろ誰かに弄られたくないほうだからだ。 ともあれ、ここで彼女は、それまでの人生にまったく体験の無かった「青春を謳歌する」という体験をそれなりにしたようだ。居候たちには、さながらアイドルだったし、高瀬などは、もっとも彼女を大切にしたようだ。なぜなら、ここに彼女がそれまでの仕事に関わって身につけた技術が際立ったからだ。じつに彼女は「アイロンをかける」ことと、いわゆる「染み抜き」のプロだったのだ。 つまり、名古屋の紡績工場に働いた時代に身につけた技術である。そして、高瀬の本業が紳士服の仕立物なのだから、彼らの関係が上手くいくことは、考えるまでもなく当然のことであるのだろう。 しかし、だからと言って、高瀬は、彼女を縛ったりしなかった。また彼女自身も、名古屋時代の反省もあるのか、その自らの生き方を限られた誰かに依存することの愚かさに気付いたらしい。一ヶ月もしないうちに彼女は真剣に職探しを始めた。ただ、いかんせん彼女がひらがなも満足にかけないことがずいぶんと災いしたようだ。高瀬に、小学校高学年レベルの国語の勉強を夜遅くまで教えてもらったり、努力していたのだが、最初に彼女自身が望んだ仕事の大半はダメだった。 だが、それでもある日、ある街の駅前の音楽喫茶のウエイトレスのアルバイトが決まったと飛んで帰ってきた。しかし、正直を言えば、俺には「なにを好んで水商売にちかい仕事をと思えた!」のだ。だけに、彼女にそれを聞いてみた。 職安の帰りにちょっと疲れて寄り道したその音楽喫茶に、あのカール・リヒターのチェンバロ協奏曲がかかっていたのだそうだ!。そして、思い切って、お店の人に「働かせせてもらいたい」と、申しでたのだという。「この曲が好きなんです!」という言葉を添えて…。 結局、トモは、ここに半年ほど努めたろうか!。 ある日、彼女は「難破船」に帰ってこなかった。そして、次の日も…。さすがに気になってその勤務先の喫茶店をたずねてみれば、彼女はちゃんと店に出ていた。で、どうしたのと聞けば、「ごめんなさい!今日は帰る…。」と…。しかし、その夜も戻らず、現れたのはその次の日の夕刻だった。しかも、俺たちよりも少し年下の、良く言えば朴訥にして純情そう。無礼を承知であえて言えば、すこしカッペ臭い!。 しかし、似合わないストライプのスーツにネクタイを真面目に締めた坊主頭の好青年を連れてである。 しかし、この青年。いきなり俺と高瀬に土下座なのである。そして、言うことが振るっていた「トモさんと結婚したいんです。」なのだから…。 人は見かけに因らないものだなど言えば叱られる。 いまだ大工の見習いだというこの純朴な青年は、トモが好んでかけるカール・リヒターのチェンバロ協奏曲のファンであったらしい。 それから、5年ほどが経ったろうか。かつて、トモが勤めていた喫茶店のある街に用事があって、駅ちかくを歩いていたら、道路の向こう側から俺の名前を呼ぶ声がする。見れば、背中に一人おんぶして、両の手にも、幼児の手を引いたトモの姿があった。当然、こざっぱりとおしゃれになった件の好青年を従えてである。 これが、なんと素敵に幸せそうな情景であったことか…。
by nature21-plus
| 2010-02-03 20:29
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