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「おかあさん!あのね…!!ぼくね…」そんな言葉が聞こえてくるような…見ているだけで、心の底から浄化されてしまうようだ。しかし、なんと心地の良い写真なのだろう。 この春のはじめに、「『田園に豊かに暮らす』を考える女性の会」が「親子でパンを焼く!」というプログラムを、わが焚き火小屋を舞台におこなった。ここに参加した、とても素敵なお母さんとそのお子さんなのだが、ほんとうに、なんとも…言葉がない。 母と共にあるとき、この年代の子どもたちは、ある意味「人として完全体」なのではないのかと考えさせられることが最近おおい。たしかに「フィジカルな!」という観点に立てば、文字通り「幼子」であるのだが、「隣人との関係の相互性」などといった、ともすると難解きわまりない認識をもって見てみると、レイチェル・カーソンのいう「センス・オブ・ワンダー」などを言葉にするまでもなく、この世代の子どもたちは、まるで「天使のように完全だ」と感じるのだ。 我々は、なぜ「子供たちを育てる」のだろう。 若い知人の「家内の職場復帰のために、1才になった子どもを施設にあずけはじめたら、甘えがひどくなって…!」という言葉に、あらためてそうしたことを考えさせられた。 子育てへの想いは、さまざまにあるだろうし、その「さまざまな想い」も、当たり前の社会認識に照らして問題が無ければ、誰かに非難などされるべきものではないのかもしれない。しかし、これを子供たちのがわに立って考えたらどうなのだろう。 あえて、そして少し強引に「生物学的な子供たちの育ち」を意識してみれば、子供たちの育ちに必要なものは、幾つかの「事実認識」にもとづく、その取り巻く社会の十分な対応だけなのだと気づかされる。「体外胎児」という言葉がある。これは、いわゆる赤ちゃんの育ちが、母性や父性に「絶対依存した受動的なもの」という認識を意味するのだろう。そしてそれは、けして「的外れな認識」とは理解されないようだ。だからこそ「育てる…!」になるのだろう。しかし、この「受動的なもの」という認識は、ともすると子供たちの「泣く」や「甘える」という行為の意味するところを見失わせる。 「泣く」や「甘える」は、彼らが、自らを「生きる」ために「育とうとする力」を発動した結果にほかならない。そして、この「主体的な行為」への母や父のさまざまな反応に、彼らは、その「生きる」に必要な「社会的なもののすべて」を体験的に学び、自らを育んでもいるのだろう。 こうした理解に立てば、この若い知人の悩みに返すべき言葉は、そう多くはない。 「お前の小さいときは…?」という質問に、「保育士だった母が職場に戻ってからも、自分にはおばあさんが居たから…!」と答えながら、彼は、自身のライフスタイルに欠けていた「我が子の育ちにもっとも大切にするべきもの」を理解したようだ。 子供たちの育ちの支援は「母の手」の中にこそ戻されるべきであるという事実をである。
by nature21-plus
| 2009-07-20 21:16
| 焚き火小屋のこと
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