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「ねえ! 奈良にいこう」
「わたし、あなたに見せたいものが奈良にあるの!」 「なに!…」 「阿修羅よ! 興福寺の阿修羅像…。あなた、去年の俊介さんの事故から、まるで阿修羅よ!」 「あれは、あなた自身がいうように事故でしょう」 「あなたに、なんの責任もない事故でしょう! 俊介さんのお母さまだって、おっしゃったじゃない! 俊介さん、あなたに看取られて、本当に救われたんだって!…」 「なのに、あなた!…」 「悲しみに苦しんで! 泣くこともできずに…。 そのくせ、酬われることのない次の悲しみに、鬼神のように挑み続けて…。 まるで阿修羅だわ!」 「わたし、耐えられない!」 「あなたは、自分がなにものなのかを知るべきだわ! 知るべきよ」 「あなた、壊れてしまう! このままいたら、あなた壊れてしまうわ!」 「わたしには、耐えられない! 壊れるあなたを、何もできずにそばで見ていられるほど、わたし、強くない!」 「お願い! 奈良へいこう」 「あなたは、阿修羅にあって、自分のなかの阿修羅に向き合うべきだわ!」 「自分の中の涙する阿修羅に、気付くべきだわ! 悲しみや苦しみを、自分だけのもののように抱えるおろかさに気付くべきよ」 俊介の事故から、翌年の春にかけて、谷川岳や穂高、剣などに仲間や知人たちの遭難が、さながら連鎖するように続いていた。 深夜遅くか、早朝に電話がなる。若い仲間の遭難を知らせるそれに、とるものもとりあえず土合に飛べば…。悲しいことに、遭難救助活動の現場に親しくなった東邦航空の篠原さんがヘリのローターを回して待っている。そのまま一ノ倉を飛んで…。名パイロット近藤さんでなければとても出来ないような無理を言って、雪と氷を幾重にもまとった大岩壁を、さながら木の葉落としにヘリをバックさせてもらって…。 ときに、そのままホバリングするヘリから空中懸垂することもあった。見つけた仲間を雪崩やスノーシャワーに隠されないようにするために…。 これが一段落して、ボロボロになって自宅に戻り、泥のように眠って…。また電話がなる。 同じ、遭難を伝えて来たのか。それとも、これは夢なのか…!。そんなことが繰り替えされて、彼女が泣きながら「奈良にいこう!」といったころ、俺は、もしかすると、山岳遭難救助活動の電話を意識して待つような日々にいたのかも知れない。 だけに、彼女の言葉が、嬉しくもあったし、彼女の思いを無視する理由などあるわけがなかった。しかし、なにかが麻痺していて、これに答える言葉が出なかった。 「ううん! いま、お返事を聞かせていただかなくても良いわ」 「日曜日の夜は来ない! でも、わたし、月曜日の朝10時に「銀の鈴」であなたを待っている」 「宿の手配もしておく! 新幹線のチケットも用意する」 「だから!…」 「あなたが「銀の鈴」にきてくださらなかったら…。わたし、もう二度とここに来れないわ」 行こうと思っていた。いや、なにがあっても行くべきだと!… あの電話が鳴らなかったら…。 この年の二月、ある山岳会の遭難があった。谷川岳の東尾根。マチガ沢と一ノ倉沢のあいだに本峰まで突き上げる岩稜だ。谷川岳東面の岩場では比較的優しく、冬のバリエーションルートの入門コースだと言えるかもしれない。 このルートの核心は、尾根に取り付いてすぐに出てくるそれほどに難しくもない二つの岩峰だ。遭難は、ここで起こった。それぞれ所属する団体も違い、年齢も違う二人の男が、「入門コース」というレッテルを甘く見たのだろう。つまらない意気投合の結果、互いの技量も知らないままここに取り付いて、第一岩峰でリードしていた者が滑落。そしてパートナーは、その墜落に壁の中に引きずり上げられ、三メートルほど下に十分な装備を持ちながら…。二人共凍死した。 侮辱するつもりはない。だが、じつに馬鹿げた遭難だった。そして、その遭難対策活動もひどかった!。第一報が入って…。つまり、その生死さえわからない状況に、なんとこの山岳会のメンバーは、集会所付近の喫茶店に集まって「遭難対策会議」をはじめるのだ!。 あげくに、現地入りすれば、そこに来る意味などないだろうと思えるジジイやババアが、さながら自分が悲劇のヒロインでもあるかのように集まってくる。驚いたことに、いまだ息子の遭難という状況を把握できずに、涙することも出来ないままにいた遺族に逆になぐさめられている馬鹿までいた。 そこにあの娘もいた。名前も、所属する山岳会も知らなかったが、日和田や三つ峠などのゲレンデでよく会うことがあって…。この娘が、さほど悲痛な顔もせずに現れ、遭難対策の事務雑用を丁寧にこなしてくれた。 そして、現地でしなければならないことを終えて、一緒に帰りの列車に乗った。だが、しばらく雑談をした後に、この娘が、突然、ボロッと泣いた。無言のままに大粒の涙をボロボロと…。 聞けば、この娘と死んだ若い男は、二年も一緒に暮らしていた恋人同士だったのだ! これに慰める術も言葉もなかった…。 目覚めていた。そして、山と野宿のような旅の経験しかない自分が、すこし年上の美しい女性と奈良に旅行…。これに「なにを着ていけば良いのだろう…!。」ぐらいのことを、ぼんやりと考えていた。 だから、けたたましい電話の音も、はじめ彼女からのものだと思った。しかし、電話の相手は、よく知った登山用具店の店長だった。つまり、あの娘が剣の南山稜から400mほどを落ちたと…。 「力のあるメンバーが集まらない! 助けてもらえないか。」 あたまの中に店長の悲痛な声がこだまする。そして、「銀の鈴」に人待ち顔の凛として美しい彼女の姿も…!。 なぜなのだろう。なぜ、あのとき、ああしたのだろう。思いは、「銀の鈴」の彼女のもとに懸命に向かうのに…!。飛び起きた俺は、それが当然のことのようにカシンの赤いザックをひっぱりだして、剣に向かう準備を始めたのはなぜなのだろう…。 「浦和を離れます! とても素敵な日々をありがとう」 彼女が、大切にしていた李朝の白い壷を、そこが定位置のように置いていた俺が作った敷板の上に、このメッセージが置かれてあった。白い壷の代わりに、彼女が持っていた俺の部屋の鍵が添えられて…。 幾日かの眠れぬ夜を一人過ごして…!。次の週に、俺は、善良な老夫婦にながくお世話になったことを告げた。自分の鍵と彼女が持っていた鍵とを、一つのキーリングに通したものをお渡しして…。 「なんという嫌な目をする男だろう!」 俺は、ただ、泊まれるかどうかを聞いただけなのだ!。確かに、観光シーズンとは言いにくいこの時期に、ボロボロのザック一つの若造の飛び込みなのだから怪訝に思うのは無理のないことなのだろう。しかし、ここは観光客を相手に暮らしを立てる町ではないのか!。 まるで値踏みでもするかのように、あからさまにジロジロ見るだけでは気が済まなくて、「ちかごろは警察が…!。」とは、一体どういうことだ!。 「なるほど…」 面倒でもあったし、不快でもあった! そう言って出ようとすれば…。今度はあわてて… 「お客さま! お気にさわったらお許しくださいな。まちなさいな〜!」 「ちかごろは、ほんとに警察がうるさくて…」 そう言って、こんどは俺のザックを掴んで離さない!。猿沢池のちかくの小さな宿での出来事だった。 二ヶ月ほど前から、大阪、寝屋川の大手製パン会社の新しい製造ラインの自動制御の工事に関わっていた。これが一段落して…。東京に戻る前に、あの日、あの人が泣きながら俺に見せたいといった奈良・興福寺の「阿修羅像」を見る気になった。だけに、どこかほかの寺などを回るつもりもないし、見るからに観光客らしい風体でもなかったのだろう。ただ、二ヶ月ものビジネス・ホテルの暮らしに飽きていたし、あの日、あの人とこの町を訪ねていたら、こんな宿に泊まったのだろうかという思いもあって、それらしい雰囲気を感じた宿に飛び込んだのだった。 しかし、この古い町に降り立って、最初に言葉を交わした相手の印象が悪すぎた。部屋に通され、出されたお茶は妙に粉っぽくていがらっぽいし、猿沢池ごしに興福寺の五重の塔が見えるからと、仲居が自慢げに開け放していった風景も、なんだか妙に嘘くさくて、ただの見窄らしい溜池以外の何ものでもなかった。 「くだらねえ!…」 出来損ないの武道館とも美術館ともつかない、いわゆる「尊厳」などというものがまるで感じられない宝物殿という下品な名前の建物の中に「阿修羅」はいた。なるほど、たしかに三面六臂というその異様な風体のわりに妙にバランスのとれた美しさがあった。また、確かに正面の顔の空を見る目にもどこか憂いを含むようなものを感じさせなくもない。しかし、それが何にしろ、ガラスケースの中に収まってしまえば、それはもう本来的な存在の意味を失ったガラクタでしかないだろう。そして、そう感じてしまえば、仏像どころか、神だの仏だのと呼ばれるものにしたって、ただただ嘘くさいだけの何ものでもなくなってしまうはずだ。 あの宿の胡散臭いジジイと言葉を交わしたときに感じた、奇妙にしらっちゃけた不快なもの捉われたままに「阿修羅」に向き合っていた。 「くそ!…」 そんな思いが言葉になっていたのかも知れない。すぐ後ろに人の気配を感じて、われに返った。人ごみの中に、あの人が見て欲しいと言ったものに向き合いたくなかった。だから、ウイークディの朝早くここに来た。しかし、けして、ほかに拝観者がいないわけでもなかった。 だけに、ほかの人の迷惑が思えて、そこを離れた。だが、ほかの仏像やくだらない宝物などというものに関心があるわけでもない。また、離れてみれば、再び不快な思いが沸いてきて、いま一度みてやろうという気になった。そして、ガラスケースの前に戻れば、どうやら、俺が先ほど気配を感じた人らしい女性が、身動きもせずにその「阿修羅」に向き合っている。 泣いている!。 歯を食いしばるように、声を押し殺して…。「阿修羅」を見据えて泣いている。 重なった!。 そうだ! あの人は「銀の鈴」に待ちくたびれて自宅に戻ってすべてを終わりにしたのではなくて…。 ここに来たのだ!。 一人、ここまで来て…!。 いま、俺の前に声を殺して涙するこの見知らぬ女性のように…。 あの人は、一人、ここに来て涙したのか!。 なんということだ! なんというひどいことを、俺はしたのだ!。 なんというおろかなことだ!。 涙が止まらない!。 涙が止まらない!。 誰か! たすけてくれ…。 だれか…!。
by nature21-plus
| 2010-02-13 07:40
| 心象をスケッチする
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