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うだるような暑さに目が覚めた! 徹夜明けで戻った朝方は、それほどひどくなかった窓の下のドブ川の腐った卵のような匂いに、昼頃、一度目が覚めて窓を閉めた。だが、西日が当たりだしたら、こんどはまるで蒸し風呂だ。たまらなくて窓を開ければ、ドブ川の匂いが上がってくる。
住み込みの若い者の寮がわりに借りていると、仕事先の親父が案内してくれたときに予想しなかったことではない。だが、ここまでひどいとは考えなかった。まあ、請け負った現場が終わるまでの我慢だが…。 しかし、まるでゴミ溜めだ!。なにかが饐えたか腐ったような匂い。窓の外に見えるものは安普請の古びたアパートか、中途半端に洋風を気取った似たような住宅が軒を連ねる。そこに錆びた自転車だの、首のないビニールの人形だのが、浮いたり沈んだりしたまま、ドブ泥の溜まりのような用水が西日の通り道のように走っている。 しかし、ここまでひどくはなかったにしても、二年前に離婚するまで、俺が暮らしたアパートだって大して違いはなかったのかも知れない。電気工事という仕事のおかげで、縁あって新しい住宅街の新築のアパートに暮らしてはいた。だが、近所の路地に一歩入れば、ここに似たような、さながら人生の吹き溜まりのような風景がいくらでもあった気がする。 ともあれ、暑いし、腹もへった!。昨夜、現場近くのラーメン屋で夜食をとってからなにも食べていないのだからあたりまえだ。 しかし、半年程度の現場を請け負って、これが終わるまでのつもりでザック一つでここに来た。だけに冷蔵庫などあるわけもないし、当然、食べるものなどなにもない。おもてに出れば、場末の飲み屋にまじって飲食店らしい店もあった。だが、この不快な午後に見知らぬ店で、一人で飯など食う気にも到底なれない。 時計を見れば、アパートの前のバス停にちょうどバスがくる時間だ。めんどうだとも思ったが、これで駅前まで出る気になった。 着替えて、部屋を出て通りに面した階段を降りかけたら、そこをふさぐように若い娘が座っている。これに「すみません!」と声をかけたのだが、半べそをかくような顔が振り向いた。 「なんだ、こいつ…!」と思えたが、動く気配を見せないこの娘の側をすり抜け、道路の向こうのバス停に立った。そして、ふと目を上げれば、その娘がじっとこちらを見ている。 ここにバスが来て、目の前で扉が開いた。 しかし、なぜか、乗る気になれなかった!。運転手の不快そうな視線を残してドアが締まり、バスが行き過ぎたあとの同じ場所に、こちらを見つめていた黒い瞳が小さく一つまばたいた。 トモに出会った日だった。 「どうしたの…!。」と聞いたら、「トモ、10円しかないの!。」と返ってきた。これにすこし驚かされたが、同時に、「お腹、空いてない!」と聞いている自分にも、どこか不思議な気がしないでもなかった。 結局、近所のスーパーで食料品を買い込んで、すこし西日が和らいだアパートの戻った。当然、トモを連れて…。 インスタントラーメンに不似合いな菓子パンと缶ビール。これをテーブルもなく、床に広げて食べながら、トモに聞かされた話は驚くべきものだった。いや、正確に言えば、とても信じられないほどにひどい話だったと言うべきか!。 当時、自分もけして裕福だったわけではない。しかし、手に職もあって、二年ほど前の離婚の後の混乱に揺らいでいたことを除けば、それなりの二十代半ばを生きていたと思う。しかし、数日前に二十歳になったばかりだというこの娘のそれまでは、とても素直に信じきれないほどにひどいものがあった。にもかかわらず、そのトモの言葉を信じる気になれたのは、じつにこの娘がひらがなも満足に書けなかったからなのだ。いや、当然、はじめは冗談だろうと思った。だが、この馬鹿げたことは本当のことだったのだ。 正確には思い出せない。だが、これは昭和50年頃のことだ。その当時、二十歳になる年頃の女性がひらがなの読み書きが出来ないなど、誰に話して信じてもらえるだろうか。しかし、これが事実だったのだから驚かされる。 そして、トモは、そうした事実が納得できるような悲惨極まりない十代の後半を生きて来ていた。 俺が出会ったこの日、彼女は、兄を探して埼玉県川口市の場末のこの町に来たという。だが、知人に知らされた住所。つまり俺が住んでいたアパートに兄の所在はなく。所持金もなくなって途方にくれていたのだそうだ。 しかも、どこから来たのかと聞けば、「名古屋…!」という。さらになぜにまたと聞けば、ただただ唖然とするしかない話がどんどん出てくる。 郷里、北海道白糠の中学を卒業(ほとんど行かなかったそうだ!)して、名古屋近辺の紡績工場に集団就職したのだそうだ。そして、ここで出会った同年代の男と同棲をしていた。だが、その男に違う彼女が出来て、どうやら邪魔になった彼女は捨てられたらしい。しかし、その男の仕打ちがひどすぎる。こともあろうに、「自分はもう飽きたから(その男のパシリのような)他の男と明日から暮らせ」と言われたのだそうだ。つまり、これが嫌で、しかも言うことを聞かなければどんな仕打ちをされるか怖くて、名古屋を逃げ出し、当時、中野区高円寺にいた(はずだった)兄を頼って上京したのだそうだ。 だが、高円寺にその兄は居らず、その知人という人物に教えられて川口まで来たのだという。 「ねえ!だいじょうぶ…。」の声に我に返った。 どうやら、俺は、彼女の語るその身の上に照らして、ともすれば自虐的とも言えるこの数年の自分の生き方を振り返っていたようだ。 「ああ! ごめん…。」 「ねえ! 今夜、泊めてもらっていい…!」 「えっ! ああ、いいよ…。」 こんな会話が確かにあった!。どうでも良いことだったから…。それとも、この娘を泊めることが、その後の自分にどう関わるかなど考えることも出来ないほどに馬鹿だったのか…。いや、この些細なやりとりに、俺は、十代の半ばからの趣味だったチャリ旅での体験を思ったのだ。 これは、経験の無い人には解りにくいことかも知れない。ましてや、「人を見たら泥棒と思え!」とでも言うような社会認識があたりまえになった現代には尚更だろう。 しかし、本来的にこの国の人々は、ある種の憧憬からか、それともなにかその本質的なものに純粋感情を刺激されるのか。なぜか「旅する異邦人」にとても優しいようだ。これに、ずいぶん嬉しい体験をした。なぜ、これほどまでと思えるようなもてなしや、生涯、念頭に置くべき感謝もあった。 だけに、このトモの言葉に、なんの抵抗も無かったのだ。 「ああ、よかった! 断られたらどうしようと思った…!!。」 「でも、あんた親切だね! 誰にでもなの…。」 「はあ! 違うけど…。自転車旅行、好きだったからね! いろいろ、あって…。」 「自転車旅行って、日本一周とかするわけ…! すごいじゃん!!。」 「別にすごくないけど、白糠にも行ったことあるよ。」 「ええ、まじ!。 ほんと! なんで…!」 「だから、自転車旅行だよ!」 「だって、北海道だよ! 遠いよ! あたしなんか貧乏だから帰りたくても帰れないほど遠いんだよ。へえ〜! 白糠、自転車で帰れるんだ…。」 「あんた、かっこいい…!。」 このまま、ありがちな馬鹿女とのくだらない会話になっていくのかなと思っていた。だが、トモは、ここでいきなり大粒の涙を浮かべた。そして、それはそのままに溢れ、押し殺された嗚咽とともに頬つたう。 ぼろぼろと、ぼろぼろと…。 生まれてはじめて目にしたのかも知れない。若い娘が、その黒い瞳を見開いたままに、溢れ出るそれを拭おうともせずに涙するシーンを…。 倦んでいた。宗谷から神威を越えたころから風が強い向かい風にかわって、紋別までのオホーツク海沿いの道が無限に続くかと思えたほどに長かった。しかし、函館を発って、そろそろ二十日。その疲れがピークを向かえていたこともあるのかも知れない。サロマも網走も、摩周湖さえも、ただただフルメッキしたフロントフォークのクラウンを流れる風景だけを見てやり過ごしてきた。 つまり、この旅行の当初に、もっとも綿密に調べて、期待もしていた道東の主だった見どころの大半を無視したということだ。知床半島の羅臼、斜里、そして風蓮湖…。行こうと考えたところはすべて無視した。 北海道の大きすぎたスケールと、オホーツクという北の海の例えようのない寂寥感に倦んでいた。いまはただ釧路にでて、懐かしい太平洋の風景の中に飛び込みたかった。 しかし、そんな気分のままに辿って、たどり着いた釧路の町は、つまり道内でも比較的に大きな都市である。疲れ切ったチャリ旅のガキが、気ままにテントを張れる場所などあるわけもなく。太平洋の晩夏を感じさせる海沿いの道を襟裳を目指して西に走った。そして、美しい残照がその輝きを失いはじめたころ、そのひなびた海岸の風景の中にテントが張れそうな場所をやっと見つけて…。つまり、そこが白糠だった。 トモの溢れる涙に、その白糠の美しい残照が手招きしているような気がした。そして、これに抗う理由も、その術もなく、その手招くものに手を差し伸べた。 どれほどの時間がたったのだろうか。どこかで嗅いだ気がする香水と、干し草のような匂いの入り交じった心地良いものに目が覚めた。そして、腕の重みに気付いてみれば、目の前に黒い艶やかな髪と穏やかな女の寝顔があった。 うろたえた!。 一瞬、錯覚したのだ!。二年目に別れた女房と…。 この二年ほど、目が覚めれば、まずはかならず心の中に「鬼」が宿った。なにがあっても、あの二人をいつか必ず殺してやる…。これが悲しみや苦悩などという感情に根ざすものではないことは理解していた。言うなれば「意地」などという馬鹿げたものであるのかも知れないと…。 しかし、理由はなんでも良かった!。ただただあいつらを地獄の底に叩き落とすことだけを考えてその日その日を生きていた。いや、それが結果、自分も引きずられて地獄に落ちようが構わない。ただただ、この憤懣やるかたない思いが晴らせれば…。 だけに毎朝、この内なる鬼を飲み込む日々を生きていた。 にもかかわらず、この鬼を抱かせた張本人の別れた妻とともに寝ていると思われた錯覚にうろたえたのだ。 カーテンもなく、代りに吊るしたツェルトの端から漏れる月のあかりが、女の白く美しいうなじを照らしていた。幼さの残るその細いうなじが安堵をさそい、これに内なる鬼がその射干玉の闇に沈んでいく。 救われたような思いがして、月の光に透けるようなそれにそっと触れれば、その黒い髪が寝返りをうってしがみついてくる。目覚めたのかと思えばどうにもそうではないようだ。そして、喉の渇きを覚えつつ、この奇妙な緊張とやすらぎの中に途方もなく大切なものを思い出した。 さちこだ!俺の娘だ…。 離婚したとき、二歳だった可愛いさかりの娘をどうしてもあいつらに渡したくなくて引き取った。そして、その後、お袋に預けてそろそろ四歳になる。しかし、俺は、この二年の間に、娘のことを一度でも考えたことがあっただろうか。 恨み骨髄…。いや、厳密に言えば「恨み」など、とうに消えていたのかも知れない。俺の中に巣食っている化け物は、ただただその恨みを肥やしに俺自身が育ててきた「意地」でしかないのだろう。そして、この化け物を心の底に飼いつづけるために、当たり前に勤める仕事を止めて「渡り職人」のような暮らしを選んだのだ。「山が好きだから…。」を当たり障りのない理由にしてだ!。 俺の山は「狂気」の山だ!。あえて言えば、山は、俺の逃げ場所だし、ともすれば、自らの「死」に向き合う場所なのだ。なぜなら、俺は、この内なる化け物を飼い慣らすことが出来なくなれば、本当にあいつらを殺すか、俺自身が自らを殺すしかないからだ。だから、楽しい山など俺にはないし、その必要も感じない。 つまり、この二年の間、俺は、ただただその内なる化け物だけに向き合って生きてきた!。 しかし、さちこは誰だ!俺の娘だ!そして、あの不快な女の娘でもある。 だが、本当は、さちこはさちこ自身だ!。 俺たち、若すぎた馬鹿な親の下に生まれて、優しい母に抱かれつつ当たり前に育つ機会を奪われ…。挙句に、愚かな父は、お前を育てることを忘れて、さながら亡者のようにその日その日を鬼を抱えて生きている。 なんということだ!。なんということだ!。なんということなのだ!。 「痛い!」の声に我にかえった。 気がつけば、止めどなく溢れでる涙のままに、トモを、強くつよく抱きしめていた。「ごめん!」の言葉がこみあげる嗚咽に声にならない。 優しかった!。 そのふところにいだかれ、心の中の不快なことのすべてが、さながら霧が晴れるかのように引いていくのを感じていた。
by nature21-plus
| 2010-02-02 23:39
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