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ランチを美味しくいただいて、作業場に戻ってみれば、塗料の研ぎだしをしていた新しいテーブルの天板の上に、なにやら入ったダンボールの箱が置いてある。
「まじかよ!」と思いつつ……そっと、持ち上げてみれば、いまいましくもボロボロのダンボールの止め金具が、仕上げ直前の塗装面に大きな傷を作っている。しかも、目に見えるだけではなくて、触れてみれば爪の先が引っかかる。どうにも、置いただけではなくて、置いたものをそのまま動かして出来た傷のようだ。 塗装とは、考えるまでもなく、なにかを作るときの最後の仕上げだ!。つまり、そのなにかを丁寧に作り込んできて、その最後の仕上げが塗装なのだ!。だけに、十分にこだわりたい!。だが、しかし、テーブルなどを作る作業で、もっとも難しいことがその塗装なのである。 ちなみに塗装とは、それが手塗りだろうが吹き付けようが、厳密に言えば、塗料を置いて、それが乾燥したところで研ぎ出すことだ。しかも、その単位は百分の数ミリレベルの話なのだ。だけに美しい仕上げを意識するなら、その塗っては研ぐ作業を、ときに数十回も繰り替えす。 しかも、丁寧な仕事がしてあるそれは、その皮膜を必要以上に厚くすることはない。理由は、そのデザインにもよるが、薄いテーブルの天板などを不必要に厚く塗装すれば、その塗料の乾燥時の収縮によって天板が反ってしまったり、塗料によってはその塗装自体にも「貫入」と呼ばれるクラックが入ったりするトラブルが起こるからだ。つまり、これに触れて爪の先が引っかかるとは、その傷が木地にまで届いているということだ。 この天板は、焚き火小屋の大テーブルを、ゲストの人数に合わせてエクステンションさせるときのバリエーションを増やすレベルのものだ。だけに、些細な傷など気にしない。しかし、これが、当たり前の家具屋の商品なら、傷が木地にまで届いている状況とは、それはそのまま廃棄するしかないことを意味するだろう。 うんざりしながら、そのダンボールを開けて見れば、数個の梨と、ある知人に貸し出していた『自然の中の子ども達1000枚の写真展』と題したプログラムに使用した「しまね自然の学校」の子どもたちの写真が大量に入っていた。 重いわけだ!。しかし、そして、これはある種の「善意」の結果でもあった!。 はじめに「自然の学校のしていることは大事なことだと思うんだ!」と言ってきた!。なにかと思えば、自身が関わるあるボランティア事業のイベントの会場に、この『自然の中の子ども達1000枚の写真展』の写真を展示したいという。 正直を言えば、まず、この段階で断ったのだ!。 当たり前のことだだろう。本来的に「…大事なことだと思うんだ!」と考えるのなら、趣旨のまったく違うイベントの会場に、まるで添え物のように使おうとする矛盾が、まずは意識されるべきだからだ。しかし、どうにも「善人」でありたがる人々は、この辺の理解が正しくない。 「誰かのために…!」と言う思いなど、まったく、断じて、自分自身の「エゴにもちかいものなのだ!」と、当たり前に理解されるべきことなのだが、なぜかどうしてもこの当たり前のことを受け入れることが出来ないようだ。 ともあれ、そうしたことまで話して写真の貸出を断ったのだが、最後には「いや! もうチラシも出来て、広報をしてしまったので…!。」と泣きついてきた!。ここでも、この知人の「自己責任」と言うことを理解しない言動に、すこし苛立ったが、まさか殴るわけにもいかず、結局は丁寧に扱うことを条件に貸し出したのだ。 こういう経過から、イベントの後にすぐ返却に来たのだろう。だが、どうにも、自然の学校のスタッフの顔を見たくはなかったようだ。そして、ダンボールの中に手土産の梨も入れ、彼にすれば「作業中の台」ぐらいにしか見えない天板の上に投げ出して、そそくさと帰ったと言うことだ。 つまり、このトラブルは、ダンボールの中の数個の梨について思いをめぐらすまでもなく、ある種の「善意」に基づくのだ!。 しかし、なんとも、あたまの痛くなる話である。
by nature21-plus
| 2009-10-07 00:00
| 日々雑感&たわごと
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